<漁師のそば屋それから> 

  • 番組名:漁師のそば屋それから
  • 放送局:CBC
  • 放送日時:

愛知県南知多町豊浜の流行っているそば屋の家族の物語を描いた秀作ドキュメンタリーだった。

経営者の石黒さん(75)と妻悦子さん(63)は、お互い家族を捨ててきた過去があり、石黒さんの郷里であった豊浜に戻り、今は手打ちそば屋を営んでいた。手打ちするのは悦子さんの長男、なかなかのそば打ち職人になっている。悦子さんと生き別れになっていたが、悦子さんを頼って共に暮らすようになっていた。職を転々とし、二度の離婚を経験した過去があり、今は三度目の結婚で息子をもうけ、同じ屋根の下で暮らしている。悦子さんの祖母も東京から移り住んでいる。悦子さんの娘さんも子供を連れて度々訪ねてくる。主の石黒さん以外は、悦子さんの家族が家族崩壊の試練を乗り越え、肩を寄せ合って生きている。石黒さんだけは、血のつながらない家族に対して優しい親戚のおじさんのようにふるまい、悦子さんの家族を見守るように暮らしている。

ここまでの描写だけでも、複雑な関係新しいをのりこえた家族像として見ごたえのある番組だったが、このドキュメンタリーの良さは、3年後の家族を描いた後半にこそあった。多分追加撮影してして後半を足して再編集した意図が成功していた。3年後長男の息子も幼稚園に通うになって、そば屋として順調のはずだったが、突然看板から手打ちそばの字が消えていた。店の経営のことで大ゲンカした悦子さんと長男に制止できない祖母に注意した石黒さんに逆上した長男がかみついたのだ。血のつながりのない「他人だから出ていけ!」石黒さんは、消えた。お互い寄り添っていた家族の姿が、感情のぶつかり合いがもとで一瞬にして壊れた。番組はその事件の感情のもつれを説き起こすように取材していく。

結局長男の「絶対そば打ちは続けていきたい」という意思のもとで、息子の奥さんが手伝いながらそば屋も継続している。石黒さんだけは、店の経営から手を引き農業に専念することになった。長男の自立を傍目に見ながら、本音をぶつけずにずるずると一緒に生きていく。長男も「つかず離れず」なんとかやっていくしかない関係でもとのさやに納まった様子。番組としては決して気持ちの良い決着ではないが、血のつながらない親子の結末としては納得のいく描写をしていく。

石黒さんは、農業やNPOの仕事に精を出す毎日となる。そば屋は以前と同じ繁盛し、新しいメニューを開発しようかという。番組は石黒さんの奥さんへの手紙ということでナレーションを組み立てていた。最後のナレーション、「天涯孤独の自分が安心して寄り添うことのできる相手ー悦子さんと最後の人生を共に生きていきたい」 血はつながらなくとも、心からつながる家族のために。

この番組は、人生の終章をどう生きるかを描いた秀作ドキュメンタリーだと思う。血がつながりが家族、逆に血はつながらなくても家族。それぞれの在り方を考えさせてくれた番組だった。農業という第二の人生を選んだ筆者にとっても、石黒さんのような終章の人生の問題は、やがてやってくる。

あの美味しそうなそばは、いつか食べに行きたい。  (クレソンおじさん)