「よりそい~静寂と生きる難聴医師」(CBCテレビ・ドキュメンタリー)

  • 番組名:「よりそい~静寂と生きる難聴医師」
  • 放送局:CBCテレビ
  • 放送日時:2020年3月28日(土曜)26時38分~27時40分

この医師については以前夕方の報道番組でも観たことがあり、知ってはいた。この度1時間もののドキュメンタリーとなった。視聴した結果から先にいうと多くの気づきを与えてくれる良作であった。2年間の取材には厚みを感じた。

市立尾鷲総合病院の内科医今川竜二氏(34歳)は、岡山県出身。尾鷲とは縁もゆかりもない医師だ。なぜ彼が三重県南端の人口2万弱の都市にいるのか。番組ではその点について詳しい説明は省かれているが、当然遠隔地の医師不足という点もあるのだろう。

閑話休題。さて、この今川ドクター、ほとんど耳が聞こえない。ジェット機のエンジン音がかろうじて音と認識する程度の難聴だ。ではどうやって患者と会話するのか。なんとなく聞こえてくる音に読唇術を組み合わせているのだ。というよりほとんど読唇術だろう。それでもわからない場合は筆談だという。記者がマスクをして言葉を発すると、何を言っているのかは分からないという。マスクをしている患者さんにはマスクを外して会話してもらう。聴診器はスマホと組み合わせた心電図を読み取る機械を使うことで診断する。普通の医師が普通にやっている事が出来ない。しかし、今川ドクターは負けない。自分の努力が足りないといつでも思っている。彼のその姿勢が番組を貫くテーマん一つでもある。

最近の医師はパソコン画面を見ながらキーボードを叩き、患者の顔を見ない診断が増えているのは筆者も感じる。ところが今川ドクターは、口元を見ないと分からないから自ずと患者の顔を見つめていないといけない。それが医師と患者の距離を縮めるという効果を生む。さらに、今川ドクターが一生懸命努力していると、周囲の仲間の医師、看護師、技師が自分の方から彼を理解しようと工夫する。忙しい身なので遠回りで面倒なことだが、それを当たり前と思うようになる。加えて、患者自身もスマホのメモアプリに自分の病状を打ち込んで、まず今川ドクターに読んでもらうという努力をするようになる(出来る人は、だが)。患者はインタビューに「今どきこんなに一生懸命患者のことを聴いてくれる医師は少ない」旨の話をしていた。

こうした過程を観ると「共生」とは何か、ということを強く思う。患者側もハンディを持った人も多いだろう。しかし医師の方もハンディを持っていてもそれを上手く処理して信頼される医師になっているのであれば、「共生」していくのが当たり前の世の中にならなければおかしいと思えてくるのだ。そう思わせたのは番組の力だと思う。

尾鷲総合病院は医師不足。宿直勤務のときはどんな患者も取りあえずは診なければならない。大学卒業後に勤務した東京大学医学部附属病院では、コミュニケーションが苦手な今川ドクターは入院棟の勤務となり、救急や外来を担当させてもらえなかったという。最前線で医師をやりたいという熱血漢の彼は、そういう職場を求めて尾鷲市立の今の病院に内科医として採用されたのだった。それはいいのだけれど、今度は何でもやらなくてはならなくなり、患者や看護師らのスタッフとのコミュニケーションはより重要になってきたのだった。それを助けたのが周囲の理解だったわけだ。もちろん本人の愛すべきキャラクターと努力があることは言うまでもない。

2001年までの医師法では「目が見えない、耳が聞こえない、言葉がしゃべれない」人は医師になることは出来なかった。しかし欠格条項が廃止され、障害があっても医師になる道が開かれた。当時高校生で医師になる道を目指していた今川青年は、努力の末国家試験に合格はするが、医事本の出版社に就職する。しかしどうしても現場での仕事を諦めきれなかった彼は、医療現場への就職を実現させる。文章で書くと簡単に思えるがその間の彼の努力は並大抵のことではなかったろう。

医師が患者に対して忘れていた何かを、彼は持っている。そしてそれを駆使(しなくてはならないのだけれど)して患者を理解しようと必死だ。その姿に医事に関わる人間の原点のようなものを垣間見たのだった。

ほぼ人物インタビューで構成されるこの番組は、空間的な広がりが少ない部分で窮屈な感じがする。独身である今川ドクターのほぼ毎食コンビニ飯の夕飯シーンとかは取材されていたが、もう少しでいいので尾鷲の街など空間的な広がりの画が挟まると観やすかったかな、という感じはあった。筆者は番組によっては理解を深めるためにあえて(耳の不自由な人のための)字幕を出して観ることがあるが、この番組は字幕を出さずに観てみた。結果的にこれが今川ドクターの言わんとしようとする(難聴なので言葉も多少聞きづらい部分もある)ところを一所懸命聞き取ろうとしたことになり彼の存在を近いものにした効果を生んだかも知れないと感じた。

今川ドクターが尾鷲に来たのが2017年の10月。まずはニュースとして取り上げ、ニュース番組内の企画コーナーとなり、この度番組となった。2年間今川ドクターを追いかけた尾鷲駐在の民部カメラマンの努力に敬意を評したい。ナレーションが今をときめく上白石萌音。この病院のナースという立場での語りだった。彼女のニュートラルな語りは作品にバイアスをかけずに素直に聞くことが出来て心地よかった。この作品は今年の民間放送連盟賞に出品するのだろう。審査員はどう観るだろうか。結果が楽しみだ。

新型コロナ禍の真っ只中、マスク必須の世の中となり、今川ドクターの苦労は倍加しているのだろう。だが、おそらく彼の事だから、この困難も乗り越えて、更に患者や同僚との絆を深めているに違いない。(KING)