「消えないエール~県岐商”華”の応援部物語~」(CBCテレビ・ドキュメンタリー)

  • 番組名:「消えないエール~県岐商”華”の応援部物語」
  • 放送局: CBCテレビ
  • 放送日時:2021年4月1日(木曜日)午前2時5分~午前3時5分

例によって「誰が観るの?」的な時間に放送された労作ドキュメンタリー。昨年10月にメ~テレで放送された「全力!青春ダンス」と同工異曲な番組だ。但し、取材時間が3倍あり、その分時間経過が生み出す感動と物語の厚みはさすがだった。企画した岡田事務所は、3年前コロナなどこの世になかった頃から取材を始めているのだが、最終的にどういう番組にしようとしていたのだろうか。

そもそも県岐商の応援団がもうずっと女子生徒だけ、という事実を知らなかったので、まずそこに興味が行った。県岐商といえば全国にその名を知られた野球の名門校であり、甲子園での勝数は公立高校で一番だそうだ。そのほかのスポーツも強く、「不撓不屈」を校訓とする110年以上の歴史を誇る全校1100名余の高校だ。

高校野球の強豪校ならばその応援団はさぞや煮しめたような学ランが似合う豪傑揃いの・・・と思うのだが、さにあらず。部員全員が女子生徒というので驚いた。番組の説明によれば2006年に部員がゼロになり翌年女子生徒だけの応援団が出来て、以降男子は入ってこないのだそうだ。募集はしているのだが。番組を見ると、あれだけ女生徒だけで完成された応援団にはなかなか男子は入ってこれないだろうなあ、と感じた。多くの女子団員らの入部動機は「かっこいい」である。男子生徒にとっては応援団は暑苦しくてダサいのだろうか。(因みに現在の全校男女比はほぼ半々)

番組は応援部顧問の渡辺教諭と3年間に渡る女子応援団員らの群像ドラマとなっている。3年間取材するので団長も3代替わるし、一年生が三年生になる経過を追うことが出来ている。ガチガチの硬派な作りではなく、女子生徒が中心の番組らしく、柔らかいタッチの作りになっていた。

まず冒頭から渡辺教諭の「怖さ」を後輩らが語るシーンからスタートする。そして学校の廊下を腕をグルグル回しながら歩く渡辺先生のバックショット。コミカルな味付けである。以降、この番組はカメラが上手い。観ていて映像の切り取り方の工夫を感じる。岡田、大野両カメラマン、グッジョブである。音楽もいい仕事をしていたと思う。

番組は恐らく全国でも珍しい女子だけの応援団の青春群像を描こうとしたのだろう。が、予想外のコロナが制作者の予想以上のドラマを次々と生み出す。昨年春のセンバツに県岐商は選ばれながら、大会が開催中止、緊急事態宣言による休校措置、さらに学校でクラスターが発生、インターハイも夏の甲子園も中止され、開催された交流試合に応援団は行くことは出来なかった。応援団の出番(舞台)は皆無である。声を張り上げてナンボの応援団が声を出せない。練習もマスクをして声を押し殺して。こうしたシーンは視聴者も観たことがなく、映し出される画面の女生徒らの困惑した、悲痛な表情に胸が痛んだ。彼女らは、なぜ私たちの時代に、と思ったことだろう。

しかし、若い心は強い。「全力!青春ダンス」の時もそうだったが、彼らは決して腐らない。前を向いているのだ。それが素晴らしいと思う。同じ思いをしている高校生は全国にたくさんいる、なぜ私たちの時代に、と。しかし打算を排した無垢な青春の情熱は観ていて胸が熱くなる。ましてや、渡辺教諭も指摘するように「応援団は優勝とか準優勝とかは無い。誰からも褒められない」。人の背中を押すことが仕事なのだ。しかし彼女らの3年間は人生において貴重な時間となるだろう事は番組を見ていれば明白だ。彼女らは大きな財産を得て卒業していく。怖い一辺倒だった「ミスター県岐商」渡辺教諭も彼女らと共に成長していく姿があった。校訓の「不撓不屈」の精神そのものだ。

印象的だったのは、新入生として入部してきた現70代団長の若原かえでさんの表情が、まだ中学生の雰囲気が抜けない無邪気だったものから団長に指名されるとぐっと引き締まり大人の顔つきに変わったことだった。番組では今年の春のセンバツに県岐商が二年連続で選ばれた、というところで終わるのだが、大会を報じた毎日新聞には、マスクをしてアルプススタンドで拳を振り上げる若原さんの勇姿の写真があった。録音されたブラスバンド部の応援歌を背景に。行けたんだなあ、良かったなあ、と思わずにはいられなかった。

番組がどういう事情で大会取材前で放送してしまったのかは分からないが、せっかく出場決定までいったのだから、甲子園まで帯同して、先輩たちの夢が幻となった後を受けた70代の部員たちの勇姿を放送して欲しかった。本作に間に合わなければ、30分でもいいから「激闘甲子園編」などという続編を放送したら良かったのに。

3年間の取材時間は物語に圧倒的厚みを生み出していた。が、一方で時間経過による撮れ高が大きいので、どうしても学校内での顧問と生徒の以上の範囲から抜けられない構成にならざるを得なかったようなのが、弱かったかなあと感じた。番組の出だしなどはなかなかキレていて良いなと思うにつけ心残りだ。90分番組にしてもいいから彼女たちの本音トークや、家族まで手を出せとはいわないが、私服の彼女らの思いも聞いてみたかった。しかし観終わって清々しさと熱い想いが心に残る佳作であった事は間違いない。ところで女子団員が着ている学ランは個人で買うのだろうか。支給されるのだろうか。(kING)