「白球レター〜センセイが伝えたいこと〜」(東海テレビ:ドキュメンタリー)

  • 番組名:「白球レター 〜センセイが伝えたいこと〜」
  • 放送局:東海テレビ
  • 放送日時:2021年5月29日(土)午後4時5分~午後5時

極めてオーソドックスなスポーツドキュメンタリーだった。愛知黎明高校野球部監督・金城孝夫監督(67)の人物像を追ったもので、野球のボールに乗せた生徒たちへの手紙という意味のタイトルだ。見る前は逆かと思ったが、結果、生徒から先生への手紙でもあるのだな、と分かってくる仕掛けだ。本作のベースとなる企画はたしか、東海テレビの夕方のニュースの企画もので観た記憶がある。そうした日常の発見を深堀りしてみるという手法はローカルとしてとても大事なことだし、レギュラーニュース枠の質の向上にも役立つと思う。

金城監督といえば、1999年のセンバツで、沖縄尚学を県勢初めての甲子園優勝に導いた指導者だ。また長崎日大監督時代には現広島カープの投手大瀬良らも育てた。もともと沖縄出身で自らも豊見城高校時代名将裁監督の下、甲子園を目指して活躍した球児。その時期同じチームに今回ナレーターを務めた国仲涼子の父親もいたという因縁。その後中京大学から弥富高校の野球部監督になり、20年。その後、地元に戻り、沖縄尚学、東農大三、長崎日大を経て2019年、再び愛知黎明高校と名前を変えた旧・弥富高校に副校長兼務という待遇で招かれた。

金城先生の指導方針は明確だ。野球人である前に、一人の人間としての成長がなければいけない、ということ。野球での勝負の前に人間としてきちんとしなくてはならないということだ。その思いは55分の番組の中で嫌というほど伝わってくるし、生徒たちが過去からも含め、その指導に従っている様は、あたかも「金城教」とでも呼びたくなるような教育方針、指導方である。過去に教えた生徒たちが今でも先生を慕っていろいろな面で協力してくれている。先生も教師冥利に尽きるのではないか。一人の人間としてきちんとしていなくてはちゃんとした野球は出来ない、逆に言えば野球の上手い選手は日常生活もきちんとしている。(最近では大谷翔平がいいお手本となっているが)ということ。

だから、金城監督の下で3年間を過ごした生徒たちは、大人になってどんな職業についても、真面目にキチンと仕事に取組み周りから信頼されるようになるのだ。ちなみに沖縄尚学で甲子園優勝投手となった選手は、金城先生の姿にあこがれて、教育者の道を選び、現在は母校の野球部の監督を勤めている。

金城先生が一昨年着任してから弱小チームだった愛知黎明高校の快進撃が始まる。そして先生は自費を投じて古家を購入し改築し、寮に改装した。そこで集団生活をすることにより、主に新入部員に規律と人間性を教えるためである。まあ、新入部員のだらしないこと、嘘をつくこと、ルールを守らないこと。昔の金城先生だったら、雷が落ちたのだそうだけど、今は、若い人にこんこんと諭す。67歳になった先生の口から出ることばは重みが増していた。そして先生の指導方針に基づき積み上げてきた実績は先生の背後に「物言わぬ山」のようにある。新しく指導を受ける生徒もそれは分かっているから、先生のいうことは聞かなくてはならない、いや聞いたほうが野球が強くなる、と気が付き始めるのだ。その辺の先生と部員、またOBのやりとりが面白いし、聞いていて先生のいうことはなるほどな、と思わせる。愛知黎明高校の野球部員は現在80名を超える。寮に住んでいるのはそのうちのわずかだ。寮母は数十年ぶりで寮母に引っ張り出された先生の奥様。三食を整え、寮を整理しとこれまた大変な仕事。先生は住み込むが奥様は通いだという。

先生は寮の隣地に土地を買い、自宅を建てるという。どこまでも野球が、教育が好きな人なのだなあ。「教育バカ」といってしまえるのかもしれない。番組はそうした先生のキャラクターを短い時間で上手く掬い上げることに成功していた。制作方法は何の気も衒わない、ド直球のオーソドックススタイルである。金城先生のキャラクターが全てといった感じの構成だ。だがそれが故に、主張がしっかりと伝わてきて、観ていて気持ちの良いドキュメンタリーであった。「勝つことだけが野球ではない。野球だけが人生ではない」。

さて、今年はコロナ禍に負けず県下で予選が始まっている。「人間として成長した愛知黎明高校」の進撃やいかに。本作は魅力的な指導者の思いを日常の中に深堀りし、人間が浮かび上がる教養ものとしてずば抜けた優秀性は感じないものの、佳作であったと感じた。

ところで、先日中日新聞の夕刊文化欄に「在名テレビ局制作ドキュメンタリー ライバル競作 相次ぐ受賞」という特集記事が掲載された。記事中の受賞一覧はいささか古めのものもあり、最新情報というものでもないが、記事にあるように確かに「連盟賞地区予選」を軸として制作される名古屋各局の報道・教養系ドキュメンタリーのレベルは、みんなが競うことでレベルを高めあっていると思う。

これは私や先輩たちが現場にいた頃からそうだった。それが今でも脈々と受け継がれていることに心強さを感じる。中でも東海テレビの存在は大きい。本作もそうだが、他局が、丑三つ時に放送するのに対し、土日休日の昼間に枠を編成してくる。自局のドキュメンタリーに対する局の姿勢、矜持といったものを感じるし、現場にとっても非常にいい刺激になるのではないか。誰が観ているのか分からない枠で放送される専門家のウケ狙いとも思われるモノを制作するより、一般視聴者の普通の視聴に耐えうる(それが本来だろう)作品を作ることが出来る枠がある、ということは重要だ。近頃はYou Tubeに独自のチャンネルを持って公開することも盛んになりつつあるが、地上波の免許を持っている局ならば、まずは自分の認可された王道のチャンネルで視聴者に見てもらう、そして批評に耐えうるものにしてさらなる向上を目指すというのが本筋ではないか。You Tubeチャンネルはあくまでもアーカイブ視聴だ。それはこれまで地上波が一般向けに出来なかったことで、自局のホームページアーカイブより全国レベルで検索やアプローチが気軽である。それはそれでいいと思う。(KING)