「恥ずかしながらー帰国50年“横井さん“の真実ー」(CBCテレビ・ドキュメンタリー)

  • 番組名:「恥ずかしながらー帰国50年”横井さん”の真実ー」
  • 放送局:CBCテレビ
  • 放送日時:2022年2月2日(水曜日)午前9時9時55分~11時20分

横井庄一、という名前を今の若い人はどのくらい知っているだろうか。CBCテレビ報道部はこれまで横井を主人公にしたドキュメンタリーを2本制作してきた。最初は2020年11月22日深夜「恥ずかしながらー残留日本兵横井庄一の戦争」(ナレーション:石井亮次)2本目は2021年12月5日深夜、太平洋戦争開戦80年を記念し「恥ずかしながらー残留日本兵横井庄一と妻」(ナレーション:山根基世)である。一作目は発見されたグアム島での新証言や同じくグアム島から救出された兵士の証言を元に基礎編ともいうべき作品。二作目は90歳を超えた横井の妻美保子の証言を軸に横井と戦争を見つめた。筆者は両作品とも観せてもらっている。

そして本作である。㏋の解説によれば本作は「二作目の拡大版」という位置づけ。横井は日本に帰国(1972年2月)した直後から84日間、国立東京第一病院(旧:陸軍病院)で検査入院と療養を送った。今回ここに保管されていた横井の治療チームが残した200枚に及ぶ記録(カルテ)をCBCテレビが発掘し、妻の許諾と病院の協力を得て読み解いた結果(当時のCBCニュース情報番組でも大きく取り上げられていた)が大きく反映されているのが特徴だ。また放送日が横井日本帰国から50年という区切りでもあった。

作品も3本目ともなると、やはり情報の厚みも増し、観応えがあるものに仕上がっていた。放映時間も90分に拡大されたのだが、何せ素材が多く構成・編集が難しかったろう。それと時制をどう整えるか、にも苦心の跡が伺えた。グアム島での発見とその当時の関係者の証言、それ以前の横井の戦い(戦況)とジャングル生活、発見から帰国、名古屋の実家への帰宅、結婚、講演と作陶に打ち込んだ晩年、逝去、妻美保子が自宅を記念館としたこと、切り絵絵本が出たこと、現在のグアムにおける日本兵に対する印象取材、そしてカルテの発見と分析と。この時制をどう並べるかによって番組の主張が決まってしまうほど構成は難しかったはずだ。

結論から言うと筆者にはほぼ違和感無く好印象を持って受け止めることができた。ただシークエンスのハイライトを少し先に見せる手法を何回か用いていたが、これは個人的には過ぎたるは及ばざるが如し、的印象だった。エンドロール後にもうひと山作る手法も好悪は分かれるかもしれないが、重要な点を指摘する手法として筆者は肯定的だ。

やはり白眉はカルテの読み解きから見える横井の精神性と戦争観であろう。おそらく多くの人は28年間もの間、殺される恐怖と緊張感に晒されながら、一人で食料を調達し洞窟に住み、繊維を編んで布を作りそれから衣服を仕立てるなど横井と同じ生活はできないと感じるだろう。さらに帰国後知る人のほぼいない、かつ文明が高度に変化した故郷に帰る不安とストレスを考えると横井の28年とその後の人生は奇跡とも見えてくる。

それを支えたものは何か。医療チームは3つの大きな点を指摘し総括している。①比較的年長者であったこと②要求水準が低い③素朴な宗教心(母が信じていた”御嶽教)の3点だ。なるほどと得心が行く的確な指摘だ。先に書いた苛烈を極めた戦争と長く過酷なジャングル生活と恐怖、加えて帰国後の時代差からくる来るストレスに横井がなぜ耐えられたか、を紐解くヒントとなって示されている。さらに番組は横井が「皇軍としてのプライド」と「戦陣訓(生きて虜囚の辱めを受けることなかれ)」に縛られ(というか当時の教育で兵隊はみんなそう仕立てあげられていたのだが)、更に見つかれば島民に殺されるという恐怖もあって、戦争終結の気配は感じていたものの出るに出られない状況だったと続ける。

横井自身、帰国直後は「恥ずかしいけれども生きながらえて帰って来た、陛下にご奉公できなかったのは申し訳ない。とにかく武器がなかった。精神力はあった」と兵士としての「言い訳(悪い意味ではない)」を口にしていたが、発見一年後の取材には「もっと早く見つかれば良かった。帰国できれば青春があった」と語り、一人の兵士が「つまらない戦争」(美保子はそう指摘する)に翻弄され人生を台無しにされた無念の心情を感じ取ることが出来たのだった。

200枚のカルテは一人の兵士の心身を医学的見地から定性定量的に分析しているのだが(名古屋への帰宅時にも主治医は同行しカルテにその様子も書き込んでいるのも興味深かった)そこから見えてくる戦争の過酷さ、愚かさ、妻美保子や当時の関係者が語る「つまらない戦争をしたものだ」との語りから、筆者は今この時期に横井のことを考えてみる大切さを感じ取ることが出来た。番組の主張がそこにあるのだとしたら、企画の狙いは当たったということになるのだろう。

名古屋の局が作るドキュメンタリーに相応しい題材だった。3本の横井ドキュメンタリーに関わった若いスタッフが、この取材やポスプロを通して戦争を考える大きなきっかけとなっていることを願ってやまない。この番組のためにオリジナル音楽を作り大ホールで録音した制作姿勢の前向きさも買いたい。前作に続く山根基世の抑えたナレーションも音楽と番組にマッチしていた。一点、「カルテはあの時代に後戻りしてはならない、と訴えてきます」とするラストコメントは、「視聴者に感じてもらう点であり、敢えて語らせることはなかった」とする指摘も出そうである。筆者も、付けること自体は否定しないが、文章をもうひとひねりして深みと想像力を刺激するものであればさらに締まっただろうとは感じた。とにかく全体に取材とアーカイブがうまく構成出来た好企画だった。(KING)