- 番組名:「ナオミの春~生まれた国とコトバの間で」
- 放送局:中京テレビ
- 放送日時:2021年3月28日日曜日 午前0時55分~午前1時50分
3月最終週の中京テレビ「土パラ」枠は、30分のドキュメンタリーの二本立てだった。いずれも東海地方に暮らす外国人にスポットを当てたものであった。時あたかも名古屋入管での収容者死亡事故(事件)が起き、また国会では入管法の改正が行われようとしている時期でもあり、タイミングは良かったと思う。筆者自身、特に「ナオミの春」では知らないことを多く知ることが出来、同じ日本で暮らす人々をより理解する一助にもなった。この手の番組は、こうした気づきを視聴者に与え、少しでも自分ごととして考えてもらう役目があると信じているので、制作側のアプローチは良さが光っていたと感じた。一時間枠を「愛知県は日本で2番めに外国人が多く暮らす」という統一テーマで括ったのも、編成的なアイデアとしてはgoodである。後半は「津島クリケットクラブ~小さな町の多国籍チーム~」。本稿では前半の番組を取り上げてみたい。
「ナオミの春」は犬山市に母と兄と3人で暮らす中学3年生(受験生)ペルー国籍の森川ナオミさんのドキュメンタリーである。今や愛知県で、公立小中学校に外国籍の子どもが通う姿は珍しくなくなっているが、その教育現場や家庭には、多くの大変な問題が横たわっていることをこの短い番組は指摘している。高校受験を間近に控えたナオミさんは、自分では勉強が大嫌いだと言う。実際成績も芳しくないらしい。この成績では受験は無理だ、と本人も言う。だが、彼女が勉強を嫌うのには訳があるのだった。彼女は日本で生まれ、日本で育った。ナオミさんらの日本語教育を支援するNPOスタッフは言う「ある程度大きくなってから日本に来る子の方が、学習では日本生まれの子を追い抜いていくことがよくある」と。ここにナオミさんのような子にとっての大きな障害があるのが分かってくる。
ここで登場するのは筆者も初めて耳にした「母語」というコトバだ。母語とは、「言語は8歳までに形成される。それまでに言語を習得している子はその後の言語は何語でも伸びる」という、その人の基本になる言語のこと。母語を獲得すればどんな分野の学習でも伸びるという。その母語が形成されるのは家庭においてだ。ナオミさんは家で家族と話す時はスペイン語、日本語、ポルトガル語が飛び交うという。ちょっと見、トリリンガルでいいじゃないか、と思うけど、幼い子にとって母語を形成できないのは一生の不幸になるのだ。ナオミさんは母語が満足に形成されないまま成長してしまった。故に小学校、中学校でも日本語が不自由のまま来てしまったのだ。犬山市では母語教育はしていない。(実施している岩倉のケースは取材してあった)
日本語が満足ではないナオミさんは、朗らかでクラスのムードメーカーではあるが、自分で高校受験は無理と決め、自分の周りに壁を作ってしまっている。動物と触れ合う職業に就きたいという夢も自ら諦めかけているのだった。そんなナオミさんの後押しをするのが日本語支援をしながら学習指導をするNPO法人であり、ボランティアの大学生であった。
親に負担を掛けたくないから出来れば公立高に行きたい、切羽詰まったナオミさんに火がつく。彼女は目標を定め受験間近に猛勉強し、希望する市内の公立高校を受験した。そして・・・。
見事に合格を勝ち取ったのだ。彼女にとっては大きな自信になったに違いない。が、まだスタートラインに立った段階だ。ナオミさんが夢を実現させるためには、まだまだ外国人という大きな壁が横たわっているに違いない。しかし彼女は負けないだろう。
日本には外国人の子どもたちの日本語教育支援を自治体に義務付ける法律がある。しかし、この番組が指摘しているように、実際はNPOやボランティアがその役割を担っているのだ。母語教育については文科省はその実態さえ把握していないという。多文化共生、グローバル時代と喧しい。しかし、外国人の子供らへの日本語教育はまったく十分とは言えない貧弱さだ。この番組は30分の間に多くの気づきを提供し、課題を視聴者に考えさせている。
本作は序章だと思う。是非、ナオミさんの高校生活、そして卒業後の彼女の人生を追って問題の継続的深堀りをして欲しい。それに相応しいキャラクターをナオミさんは持っているし、作り続けるに相応しい重要な社会問題をこの番組は指摘しているからだ。短いながらも充実した番組だった。(KING)