この夏、戦争体験を伝える番組が一挙に放送されたことでテレビの存在価値が高まった感がある。先日、KING先輩が13本の感想を具体的かつ的確にお纏めになったのを受け、私も自身の感想をいくつか並べてみた。
●「火垂るの墓」では、救いのない悲哀があくまで淡々と描かれていたため、戦争の無益さが一層身に沁みた。メッセージめいた台詞や演出は一切なく、希望を見つけにくい創りだが、この作品には真実を見せつける底力があった。
●「シミュレーション」では、優秀で正常な若者たちの研究成果が愚かなリーダーたちを結果的に動かせなかったことに空恐ろしさを感じた。要因は政治家のメンツとしがらみ。それに太刀打ちできなかったのは、言論統制を受け入れざるを得なかったマスコミ界の歪み。人間とは、かくも弱いものか。大きな組織の下、人々は迷いながら生きているが、皆がこぞって誰かの都合に合わせる必要もあるまい。
●「新ドキュメント」では、制作にあたり生活者の日記に使われた言葉を集め、国民感情のトレンドを解析するという取り組みが行われたことに感動。また、白黒映像の一部を意図的にカラーに染めることで登場(人)物を強調するという演出も効果的だった。デジタル技術は、アナログな人心に何かを訴える力を頼もしく補強する。
●「8.22の中日夕刊記事」の結びは、私も心に引っ掛かった。結局、人は悲惨な被害を避けるために「軍備を増強しなければいけない」と主張してしまう。地政学上の不平等が存在し、国力に強弱が生まれるのは仕方ないとしても、世界の文化レベルを一気に引き上げ、戦争を絶対回避する方策を(人類が滅亡する前に)見出せないものか。当たり前だが、科学や宗教の力は平和のために使われるべきだ。
それにしても人間は、成長を望むがゆえに危うさを膨らませてしまうややこしい生き物だ。自身の未熟さも省みながら、同じテレビが映し出す県岐商の甲子園球児に心を洗われて一瞬救われたような気になる、盛り沢山の8月であった。
中島精隆