「藤井聡太17歳」(東海テレビ:ドキュメンタリー)

  • 番組名:「藤井聡太17歳」
  • 放送局:東海テレビ
  • 放送日時:2020年7月19日(日曜)午後1時25分~午後2時30分

いささか旧聞に属するがコロナ禍において明るいニュースとして記憶される郷土が生んだヒーロー、史上最年少で「棋聖」の座を奪取した藤井聡太くんの記録を主にしたドキュメンタリーについて書いてみたい。藤井くんはその後「王位」も獲得、史上最年少2冠となり、更に番組放送時には七段だったのが八段に昇段し、快進撃は続いている。

そんな藤井くんの小学校2年生から始まる記録映像と歴戦の映像を存分に使い、天才がいかにして育ってきたかを綴った。こうした記録の対象をどうやって見極めるか、が各局ドキュメンタリストの勘と腕と人脈の見せ所だ。東海テレビは伝統的にこうした、ものになるかどうか分からない事象や人物を見定めて追いかけることに長けている。その手法は「名張毒ぶどう酒事件」や「徳山ダムと増山たづ子さん」を長期に渡って追いかけたドキュメンタリーに反映され記憶に深く残っている。本作の、まだ児童だった藤井聡太くんに目を付けて追いかけ始めた姿勢はこうした伝統に根ざしたものだろう。いずれ八冠を制するといわれる天才藤井くんの貴重な記録となった。「棋聖」となった3日後、藤井くんの18歳の誕生日に放送できたのも、こうした東海テレビの財産の裏付けがあったればこそであり、編成や営業も自信を持って仕事が出来たのではないかと推察する。

番組は基本的に縦軸に藤井くんの履歴を追い、縦軸に師匠や周りの人々の視点を置く。密着が出来る歴史があればこその羽生善治九段のタイトル戦を横で見る藤井くんの姿や同じ愛知県出身の豊島将之九段と彼との対戦と豊島氏の感想などの映像は新鮮であった。映像的な驚きもさることながら、藤井くんの師匠杉本昌隆八段の、彼を見守る視線が「出る杭は引っ張り出す」「その子の個性は徹底的に伸ばす」ということを物語っていて、良い師匠に恵まれるということの大切さを汲み取ることが出来たのだった。さらに師匠の師匠である故・板谷進九段(活躍の場を名古屋から動かさず、タイトルを名古屋にという悲願を掲げていた)の遺志を藤井くんが心に秘めていたからこそ、「タイトルを郷土に」と言い続けていたのだな、と得心がいったのだった。藤井くんの意思の強さを証明するエピソードではあった。

仄聞するところによれば、将棋連盟が藤井くんを大切に育てようと守っているとのこと。だからテレビCMなどに出さず、家族も前面に出てこないという。天才が自分の実力を間違って判断し、勘違いしないよう周囲も気をつけて育てようと努力しているようだ。藤井くんもそうした周囲の心遣いを十分に理解して対局に臨んでいるように見えた。番組からもそのような感じは受けることが出来る。

番組的には藤井くんの成長記録としては満点。さらに師匠との関係も満点。今回の棋聖戦第一局で渡辺棋聖(当時)から連続16回の王手を掛けられこれを躱して勝利する様子を盤面(棋譜)で解説した工夫も将棋が分からない人にも優しく、かつスリリングで良かった。加えてライバルたちの藤井評が重層的に加わると人間藤井聡太が更に浮き彫りになったのでは無いか。萩本欽一の起用、将棋の棋譜を模したスーパーインポーズなどの工夫も買いたい。

東海テレビには引き続き藤井くんを温かくも切れの良い視点で追い続けてほしい(言われなくても追い続けるだろうけど)。その壮大なアーカイブは彼がいつの日にか八冠に輝いた時にとても貴重なものになるだろうし、ゴールデンの特番に耐えうる素材の蓄積となるだろう。(KING)