- 番組名:「チョコレートな人々」
- 放送局: 東海テレビ
- 放送日時:2021年3月27日(土曜日)午後2時~午後3時25分
「たとえ失敗しても、温めれば何度でもやり直せる。そう温めなおせば。みんな、みんなチョコレートな人々」というナレーションでこの番組は終わる。この一行のセリフを言いたかったために作られたドキュメンタリーといっていいだろう。番組の仕上がりもチョコレートの味のように心温まるものだった。
豊橋市でチョコレート店「久遠(くおん)」を経営する夏目浩次氏(44歳)は、今流行のおしゃれな手作りチョコレート屋さん。いまや全国に28店舗、21工場を擁し、年商10億に達する立派な企業になった。一号店の完成からまだ7年しか経っていない。注目すべきは全500人の従業員のうち60%が心身に障害を抱えた人々なのだ。そんな久遠チョコレートは今や全国のショコラティエの憧れでもある名古屋高島屋のバレンタイン企画「アムールドショコラ」に4年連続で出店するまでになった。
バリアフリーの建築を勉強していた夏目氏は研究の中で障害者の賃金のあまりの低さに驚き、自ら障害者を雇用する事業を立ち上げようと決心。「障害をもっていても稼げる場所を作りたい」と立ち上げたパン屋は障害者に向く業態ではなく諦める。7年前トップショコラティエ野口和男氏と出会い、手作りチョコレートの店を立ち上げる。チョコレートは失敗しても温めればやり直せる。障害者の扱う商品としてチョコレートの持つ親和性に着目した。
なかなかいいところに目をつけた。しかも手作りチョコレートは高付加価値商品だ。印象的だったのが大阪北新地に新店舗を出すことになった時、夏目氏は高級クラブに出向き、ホステスのお姉さんたちに、「(金を持っている)お客さんたちに久遠チョコレートをどんどん買ってもらって」と言い含めるのだ。これこそ「富の適正分配」。夏目社長はこの売上の一部で「子ども食堂」を作ろうと考えている。目指すのは全体40億の売上げ。そうすればもっと障害者を雇うことが出来るのだという。
夏目氏の成功を聞いて全国の福祉法人やNPOからの問い合わせ、見学が引きも切らない。しかし、夏目氏の17年間を追ったこのドキュメンタリーを観ていると、生半可な覚悟で出来る事業ではないことがよく分かる。障害者と共に事業を進めるということはどういうことか、手間もかかれば思い通りに行かないことも多い。失敗も多い。しかしそれを口には出せないし、言い訳に出来ないからだ。番組はそうした蹉跌も遠慮なく描き出す。
経営が軌道にのり店舗も増え、世の中のSDG’sの見地から、久遠チョコレートのような性格を持つ製品を発注する大手企業が増えたのだそうだ。ある大手保険会社から記念の大量の注文が入った。しかし、一つ一つ手作りの上、袋詰めやラベル貼りまで人の手で行う性格上、なかなか生産管理が難しい。番組ではその緊迫した時間に密着、夏目社長自らラベル貼りをしながらのボヤキも放送する。結局自前の人力では発送までは無理となり、パッケージ会社に助けを求め、なんとか出荷に間に合わせたのだった。夏目さんの事業には常にそうした見通せない危険がつきまとうのだ。
しかし夏目社長は諦めない、どころか、障害者のためにもっともっと「久遠チョコレート」を大きくしようとしている。観た人の多くは自分は夏目社長のようには成れないなあ、と思うだろう。成れなくていいのだ。この番組で表現された状況を我が事として理解できれば。それが目的の番組であると感じたのだった。
番組は、障害者やLGBTQ、ジェンダー、などを普通のこととして受け入れられる社会のことを優しく想起させるように出来ている。夏目社長と働く仲間たちが夏目さんやお互いに垣根を感じていない状況を「割れても欠けても、もう一度温め直せば」というチョコレートの性質にオーバラーラップさせて優しく構成していた。この手の番組にありがちな画面のぼかしやモザイクは一切なし。長い付き合いで培ったディレクターとカメラマンの対象者との心の許し合いが見て取れる。故に清々しい出来上がりになっていた。扱っているテーマは重いものだが、ポップなスーパーインポーズ、抑制の効いた宮本信子のナレーション。そして番組に上手く寄り添った本多俊之のオリジナルサウンドも、番組の「優しいテイスト」からにじみ出る番組の主張を補強する為に大いに役立っていた。ハードなテーマを扱っているのに観終わるとほんわりと心が暖かくなっている、そんな不思議な感覚を覚えたのだった。(KING)