- 番組名:「FOR GOOD BAIT ~自分らしい人生の終い方~」
- 放送局:CBCテレビ(制作:KATCH=刈谷に本社を置くケーブルテレビ)
- 放送日時:2023年5月6日(日)25時28分~26時52分(正味75分)
ジャズファンとしては見逃せない魅力的なタイトル。「グッド・ベイト」(素敵な誘惑とでも訳すのだろうか。番組では「隠れ家」的なニュアンスを暗示していたが)とはジャズのスタンダードとして有名な曲名で、どんな番組なんだろう、CBC日曜深夜「伝える’23」での放送なので、ドキュメンタリーではあるだろう、しかも90分枠。舞台は愛知県は知立市にある有名なジャズ喫茶「グッドベイト」というから、CBCテレビが制作したのだろうか?。
ジャズファンならここの名前くらいは知っている人も多かろう。日本国内に現存するジャズ喫茶では知られた存在だ。更にナレーターが落語界随一のジャズ通、林家正蔵。で、見終わってエンドロールを見てビックリ。刈谷に本社を置くケーブルテレビKATCHの制作だった。どんないきさつがあってCBCテレビが編成したのか。エリアのCATVの優秀な番組を広域地上波が流すとは素敵なチョイスじゃないか。
実は本作、昨年の第48回日本ケーブル大賞番組アワードで最高賞の「グランプリ総務大臣賞」、2022年度地方の時代映像祭ケーブルテレビ部門優秀賞を獲得していた。知らなかったなあ。筆者は東海地区CATV番組コンテストの審査委員もさせて頂いているが、昨年KATCHはこの番組を出品していない。なぜだろう。(初回放送は2022年3月)
前置きが長くなった。この番組の主人公はマスターの神谷年幸さん。世間の通り相場ではジャズ喫茶のオヤジのイメージはむっつり頑固、客に対して注文が多い・・そんな感じではないだろうか。ところが神谷さんはとにかく人が大好きで、よくしゃべる。そこらの気のいいおじさんという感じ。だから客もそんな雰囲気が好きで通い詰める。番組でも「神谷ファンクラブ」と言っていたが全くそんな感じだ。
その神谷さんがジャズに魅せられて知立にジャズ喫茶を開いたのは1974年というから、もう50年になる。実は神谷さんは2021年に71歳の生涯を終えている。珍しいガンだった。番組はそんな死病と戦う神谷さんを追うが、神谷さんには悲壮な感じがまるでないのだ。とにかく好きなジャズを聴いて、客や友人とジャズの話をしていれば幸せ。友人でもあるサラリーマンの同世代の男性が語っていたが、自分らは嫌な仕事もしなくてはならないが、神谷さんは好きな事だけやっている、羨ましいよと。がしかし、20歳で結婚した奥さんの苦労は並大抵のものではなかったらしい。本人の口からそう語られるが、奥さんは神谷さんが好きな事をして幸せそうにしているのが楽しくて仕方がないようだ。口では「ひどいでしょう?」というが、顔は笑っている。素敵な夫婦だ。そんな夫が集めまくったレコード(CDではない)は4万枚を超えているという。放送局のレコード室も真っ青なコレクションが、家中、いや店にまで進出し溢れている。喫茶店自体は外観も含めお世辞にも美しいとは言えないが、何とも言えない味わいを持っている。客は一杯500円のコーヒーで何時間もジャズの世界に浸れくつろげる幸福な、代えがたい空間なのだ。
番組は病魔と闘いつつも明るく陽気に日々をジャズと暮らす神谷さんとそれを暖かく見守る奥さんを丁寧に追う。なんでも自分で工作する神谷さんの姿、病気で寝込むがジャズを聴くと元気になる、という神谷さん、客に囲まれて上機嫌な神谷さん、好きなジャズプレイヤーの話になると止まらなくなる神谷さん、そんな神谷さんと奥さんを見ているとこちらまで幸せな気分になるから不思議だ。そしてあっという間に天に召される神谷さん。一年後に見つかった残された小さな日記には奥さんへの感謝と自分を支えてくれたお客を始めとして多くに仲間への感謝が綴られていた。熱いものが胸に迫る。
人間の魅力に満ちた75分。神谷さんは残念ながら亡くなってしまったが、店は奥さんとお嬢さんの手で営業が続いている。そこにはまだひょっこり神谷さんが顔を出しそうな雰囲気があると、客は口を揃える。71年間自分の好きなことを貫き、奥様、二人のお嬢さんの愛情に支えられ、そして何より大好きなジャズに愛され、店に来る客に愛され。今の世、決して長くない人生だったが、何という幸せな一生。そんな心象が画面から溢れ続けた75分だった。
ラストシークエンスのダラー・ブランドの曲に合わせて神谷さんの生涯をごく短いカットで積み重ねたシーン、そしてエンディングの愛すべきイラスト動画の世界も、「神谷ワールド、グッドベイトワールド」を温かく象徴し製作者の神谷さんへの愛を感じられて、お見事だった。CATV侮るべからず。(KING)