「僕と時々もう一人の僕~トゥレット症と生きる~」(CBCテレビ・ドキュメンタリー)

  • 番組名:「僕と時々もう一人の僕~トゥレット症と生きる」
  • 放送局:CBCテレビ
  • 放送日時:2023年5月28日(日)午前1時28分~午前2時48分

「トゥレット症」と言っても多くの方は分からないだろう。身体チックに突然の声や言葉が自分の意に反して出てきてしまう音声チックが重なった症状。19世紀にフランスの精神内科医トゥレットによって名付けられたという。21世紀になっても根本的な治療法が見つかっていない。

筆者がこの報道に出会ったのはCBCの夕方の情報番組「チャント!」の中の企画であった。何回かに分けて追跡報道され、本作の主人公たる棈松(あべまつ)さん、酒井さん、ののかさんらはこの企画の中で知ってはいた。今度ドキュメンタリー番組になったというので、どう仕上げたのか録画して拝見した。

冒頭の映画館のシーンは伏線である。ラストへと繋がっていく。ここの仕掛けは面白く、番組のテーマを際立たせる効果を大いに出せた演出だった。一方、映画の本編として上映されるドキュメンタリー部分は淡々と進んでいく。その落ち着いた抑制の効いた取材、構成が光る。(なぜか)ジャングルポケットの斎藤慎二のナレーションも制作側の考えの押しつけがなく好ましい。Uber Eatsの配達員として名古屋で暮らす鹿児島出身の棈松(あべまつ)さんは時々「あっ」「おっ」「あいよ!」という声が意に反して出てしまう。だから配達先へLINEで「チックという病気があり時々声が出てしまいます」と断りのメッセージを出して配達に出向く。

一方大学を出たものの手が勝手に動いたり、声が出たり、片や首をすくめてしまったりする症状が出る栃木県の酒井さんは現在就活中。しかし、周囲を驚かせてしまったり、細かい仕事ができなかったりするため、なかなか就職先が見つからない。

この2人は日常生活をカメラの前に晒し、自分の生活を隠すことはない。むしろ悲壮感がなく明るかったりする。幼い頃から苦しんできたトゥレット症との戦いの中で身につけた処世術なのだろう。暗い面がないのが救いであり、番組の訴求効果に結びついていたと感じた。この症状がある方が全員2人のような陽気(を努力しているのかも知れないが)であるとは思えないが、番組の主張にはピッタリの対象者であった。

番組は彼らの普段の生活がどのように普通の人(何が普通なのかは後で問われることになるのだが)と異なり、どんな事で苦労しているのか、を淡々と綴っていく。佐藤さんはパソコンでイラストを書くのだが、描く際に使う電子ペンを突然ペンを握っていた手が動いてキャプチャーボードに叩きつけてしまうので、これまでに約40本以上のペンを壊している。また食器は全てプラスチックで突然ガラスを割って怪我をしないようにしている。食事のシーンがあるのだが、握っている割り箸が突然折れるほどの力が入る発作が起きたりする。

棈松(あべまつ)さんはUberのバッグを背負って街を歩いていると時々出てしまう声に周りにの人は思わず振り向く。スーパーに買物に行っても出てしまう声に近くの買い物客は驚いたり怪訝な視線を飛ばす。でも棈松(あべまつ)さんは、もう慣れてしまっている。2人を見ている視聴者は「大変だろうな、苦労するだろうな」と同情するかもしれない。だが2人には同情はいらないのだ。苦労はしているが病気と折り合いを付けながら自分なりの夢を追っている。だから同情より理解と応援なのだ。

こうして前半で視聴者は2人やアメリカまで出かけて治療した「ののか」さんという女性を通してトゥレット症とはどういうもので、世間からどう思われているか、そして彼らの日々の生活の苦労を知る。番組としての本論は最後から20分位のところから始まる。CBCのYou Tubeサイトでこの企画を見た先生を目指す千葉大学教育学部の女子大生田辺さんが、棈松(あべまつ)さんの姿を見て、多くの人がトゥレット症の事を知ってさえいれば、いや自分とちょっと違う人を見て流行りの言葉で言えばインクルーシブ(包摂)の精神さえ持っていれば、もう少し彼らも住みやすいのだろうと考え、卒論テーマにトゥレット症を選んだ。彼女はインターンシップの小学校で棈松(あべまつ)さんの「ラーメン店で出ていけといわれた事件」の授業を5年生にした。子どもたちの反応に、彼女は棈松(あべまつ)さんを直接子どもたちと話をさせようと考え、彼を小学校まで招いて授業をしてもらおうと考えた。

棈松(あべまつ)さんは嫌がらずにこの依頼を受け、(きっと乗るのは好きではない新幹線に乗って出かけたに違いない)小学生の前でトゥレット症のこと、みんながもう少しこういう人もいるよ、自分と少し違う人も社会にはいるよ、ということを知って、広い心で接して欲しいと訴える。まさに「多様性」を認め合う社会の充実を冗談や笑いを交えて分かりやすく語りかける。子どもたちは熱心に聴き、質問する。映画館やレストラン、飛行機の中とかは苦手だ、(静かにしていることが要求される空間)と言われ、理解出来、実際の棈松(あべまつ)さんを苦しめている社会というものがあることを知る。ここはこの番組の肝にあたるだろう。「理解されることの嬉しさ」「理解されないことの苦しみ」を棈松(あべまつ)さんは訴える。担任の先生は「棈松(あべまつ)さんが『ごめんなさい』という必要のない社会」の必要を訴えた。トゥレット症だけではなく、自分とは少し違っている人を広い心、優しい心で見ること、許しの心を持つことの大切さが子どもたちの心に届いたことだろう。家に帰って家族と話すだろう。この女子大生田辺さんと彼女のチャレンジと引き受けた小学校はアッパレだ。

棈松(あべまつ)さんは調理師学校を出ているので調理師免許を持っている。が、お店に出てもお客さんに驚かれてしまうので、夜遅く寿司屋の洗い場の仕事をしつつ、将来自分のような症状を持つ人が安心して来店出来るような飲食店を経営することが夢だという。そういう夢があるから頑張れるのだ。一方佐藤さんはついに就職が決まる。重度訪問介護所で営業をしたり、得意のパソコンを使ってチラシを作る業務に付くことになったと笑顔で語る。(印象的な笑顔だった)

映画館でのドキュメンタリー映像はここまで。そして客電が点くと、実はそこはトゥレット症の人たちを集めた本作の鑑賞の場であったことが明かされる。だから冒頭に取材担当の柳瀬記者が「声を出しても構わない」と言っていたのだ。そして会場の上映風景では実際に声が出てしまう人、体が動いてしまう人などがいた。現実問題として映画館はなかなか敷居が高い人達にとってかけがえのない時間だったに違いない。冒頭の伏線はここで回収される仕組みとなっている。最後に取り切りテロップで「やさしく無視をしてくれませんか くしゃみのように」と出るのだが、ここのテロップはどうだったのだろう。棈松(あべまつ)さんか佐藤さんの肉声であって欲しかったと思ったのが筆者の感想だ。しかし全体によく構成され、出演者に恵まれ、細かい取材が出来た優れたドキュメンタリーだと思う。

蛇足ながら本番組のHPがCBCにしてはよく出来ている。大園Pのこぼれ話も面白い。アーカイブ化することを望む。(KING)

※本作をベースにした特集は6月10日(土曜)のTBS系「報道特集」でも放映される。本番組を見逃した方は是非ご覧頂きたい。