期待と重圧は裏腹だ。CTV「魔物か神か」

放送日時:2023年3月19日(日)15:56~
放送局 :CTV
番組名 :魔物か神か H3ロケット2170日 指令破壊の舞台裏

3月7日に行われた日本のロケット打ち上げが、失敗に終わった。この番組は2014年から始まった新型ロケットH3(総予算1,900億円)の開発に関わる技術者らを密着取材したもの。ロケットエンジンの開発は無論容易ではなく、厳しいテストの積み重ね。そのたびに技術者らは、頭を抱えたり安堵したりの連続だ。中にはテスト合格の時点で涙する者もいる。

日本の宇宙開発予算は、近年増加傾向とは言えアメリカの16分の1。今回の計画は、コストダウンをスローガンに3Dプリンターを使った部品製作を行ない、廉価でロケットを打ち上げ、搭載した地球観測衛星を軌道に乗せるというもの。当然ながら日本の威信が賭かっている。そして、指揮をとるのはJAXAのH3ロケットプロジェクトマネージャー岡田匡史氏(愛知県知立市出身)。彼によれば、エンジンには魔物が潜んでいる為、トラブルには心して向き合わねばならない。また一方で「魔物は技術の神様」とも言い、技術者は魔物に試されているのだと語る。エンジンの燃焼テスト現場を覗くと、当初は合格に歓喜していた技術スタッフらが、終盤では合格するも安堵し切れぬ顔つきとなり、全員が神妙な空気に包まれていくのが印象的だった。

結局、約300億円の追加予算を受け、予定より2年遅れの末に緊迫の打ち上げ当日を迎えるのだが、最終準備の「機体移動」をとらえた映像は、定点から仰ぐ迫力のワイドレンズにより自信に溢れて見えた。そして、岡田氏の「やるだけのことはやった」という台詞を誰もが信じた。このとき彼は、見守る人々の大いなる期待を一身に背負ったわけだ。

発射はひとまず成功…と思われたが、ロケットの姿が肉眼で見えなくなってからの予期せぬ異変に管制塔内がざわつく。第2段エンジン、着火せず。現場の女性スタッフによる無機質なアナウンスが残酷に響いた。「ロケットはミッションを達成する見込みがないとの判断から指令破壊信号を送信しました…」

JAXA の山川理事長、布野理事は、この失敗を非常に重く受け止める言葉を残した。しかしながら、全力で生身の人間達が働いた結果でもある。
技術者は情緒的な発言をめったにしないものと思っていたが、岡田氏のコメントは、極めて人間臭いホンネに聞こえた。「技術の神様は、手厳しかった。完全にまいった…」

番組は、折に触れ岡田氏の喜怒哀楽をとらえ、人柄を映していたので視聴者は少なからず共感したと思うが、現場の事情を知らない人々は、期待=大いなる重圧という図式に案外無頓着かもしれない。WBCの大事な場面で打てなかったバッターと照らし合わせれば、どんな世界でも最後は自分との闘いだと確認できる番組であった。

中島精隆